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Youは何しに、この世の果てへ/招待状は地獄行き☆国境を徒歩突破、地獄の門へ

2018年のゴールデンウィークは無謀にも中央アジアの北朝鮮と称される国への旅。Youは何しにトルクメニスタンへ?【地獄の門へ-1(クフナ・ウルゲンチ編)】

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クニヤ‐ウルゲンチ

2018年のゴールデンウィークは、恒例となりつつある74歳になる母との二人旅で、その旅先として私たちが選んだのはトルクメニスタン。
ちょうど1年前のウズベキスタンに引き続き2回目の中央アジアの旅となりました。

トルクメニスタンと言う国は日本では殆ど馴染みがなく、何処にあるかも知らない方もいるかもしれません。
私とトルクメニスタンの接点は、学生の頃に見た1枚の風景写真との出会い。
私が出会ったその写真は非常に印象的な光景を映し出していて、印画紙の中にあったのは、暗闇と火。
闇夜の中、地面にあいた大きな穴の中からメラメラと湧き上がる炎。
それは、この世の果てにあるという煉獄をイメージさせる風景でした。

その写真には【地獄の門 Door to Hell】とのタイトルがついているだけで、その風景が地球上のものであるのか、はたまた合成写真であるのかすら私には分かりませんでした。
勿論、当時は【地獄の門 Door to Hell】があるその場所がソ連(現在のトルクメニスタン)だという事も知りませんでした。
何の雑誌の掲載だったかも覚えていない1枚の写真でしたが、底知れぬ背徳さを醸し出すその写真は強いインプレッションを伴って、心の印画紙に焼きつきました。

そして、昨年に訪れたウズベキスタン。
その旅行計画時に、昔に出会った写真の地【地獄の門(英語名Darvaza Gas Crater)】がウズベキスタンからもアクセスが可能であることを知りました。
さすがに中央アジアへ行くのが初めてだった昨年の私達には中央アジアの北朝鮮とも称される国;トルクメニスタンは敷居が高すぎ、昨年は行き方を調べたところで断念しましたが、あの風景を自分の目で見てみたい…という熱い想いは捨てきれずに、ウズベキスタンから帰国後に半ば衝動的にトルクメン行きの航空券をポチリ。
2018年の母と私の女子旅計画は、そんな風に始まりました。

2018トルクメニスタン・ウズベキスタン旅行記の1冊目は、旅の1日目&2日目。
トルクメニスタンへの陸路での入国のアレコレ、そして、ホレズム文化の中心地であったクフナ・ウルゲンチの遺跡について綴りたいと思います。

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☆★ この世の果て〈地獄の門;Darvaza Gas Crater〉へ♪ 旅程 ☆★
■4/29 成田09:25-11:50仁川15:45-19:20タシケント(大韓航空)
■4/30 タシケント06:10-07:50ウルゲンチ(ウズベキスタン航空)
    ウズベキスタン→徒歩で国境越え→トルクメニスタン
    クフナ・ウルゲンチ遺跡→地獄の門へ(テント宿泊)
□5/1  地獄の門→国境越え→ヒヴァ
□5/2 ヒヴァ観光
□5/3 カラ巡り/カラカルパクスタン共和国
    ウルゲンチ21:00-23:45タシケント(ウズベキスタン航空)    
□5/4 タシケント観光 
    タシケント21:20-
□5/5 07:35仁川
    10:00-15:00 韓国トランジットツアー
    仁川17:40-20:00成田(大韓航空)

☆★ 2018 トルクメニスタン&ウズベキスタン旅行記☆★
・74歳の挑戦は中央アジアの北朝鮮!? 
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27963/
・人生初のテント泊は地獄の淵で
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27977/
・独裁者政権の国って…?
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28043/
・ヒヴァで両替難民となる
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28283/

【姉妹旅行記☆2017ゴールデンウィーク ゆるゆるウズベキスタン旅】
・闇両替も悪徳警備員も、どんと来い♪ http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26626/
・夜行寝台列車はクリスティの世界
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26650/
・古のオアシスに微睡む夢
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26705/
・アレクサンドロスの追憶
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27747/
・砂漠のユルタでキャンプ
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27813/
・生ける王が眠る青い古都
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27843/
・Win-Win詐欺★甘い話には裏がある
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27869/

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地獄の門

旅行記を書き始める前に、地獄の門で撮影した15秒ほどの短い映像を紹介したいと思います。
地獄の門の様子は写真と文章でも紹介しますが、やはり、映像の方が音、そして揺らぐ陽炎など、炎の熱気が伝わる気がします。
映像のタイトルは、Sunset @ Darvaza gas crater

youtube動画: https://youtu.be/swszNrBmPVg

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仁川国際空港

あれは、ちょうど1年前の5月7日。
初めての中央アジア旅から帰国途中であった母と私は、帰路の仁川(インチョン)空港で次の旅の計画をプランニングし始めていた。

昨年は初めての中央アジア旅。
ウズベキスタンは旧ソ連領であり社会主義だった国で、更に国名が…スタンと言う事で、危険はないのだろうか…とかなりドキドキしながら旅だったのだが、現地入りしてみればそんなコトは杞憂に過ぎなく、ウズベキスタンの人の優しさや地域が醸し出す空気そのものに魅了された。

そして1年後の2018年4月29日に母と私が降り立ったのは、昨年と同じ仁川空港。
昨年同様に、大韓航空を利用してウズベキスタンへと向かった。

(写真:半円形のモニュメントが床に反転してリフレインし、ハート形に/仁川空港)

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旅の目的地がトルクメニスタンなのに、何故ウズベキスタンに向かうのか。
その理由は目的地の立地で、目指す【地獄の門】があるのはトルクメニスタンの砂漠のど真ん中。

日本から【地獄の門】へのアクセスはトルクメニスタンの国際空港がある首都;アシガバードを経由しても可能なのだが、アシガバード経由はどの航空会社を使っても飛行機の接続が悪く、すんなりとはいかない。
しかし、ウズベキスタンの首都タシケントを経由するルートを利用すれば身体への負荷も少なく、更に懐にも優しく移動できる。

そんな訳で、母と私が選んだ移動ルートは↓な感じ。
成田→インチョン→タシケント(一泊)→ウルゲンチ→陸路で国境越え→地獄の門

(写真:タシケントから地獄の門までの移動ルート)

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2018年4月29日。
白く輝く天山山脈を飛び越えて辿り着いたタシケント国際空港は、1年前にも降り立った場所。
だから、記憶もしっかりと残っていて、昨年同様に入国審査+税関のチェックで空港を出るまでに2時間以上を要するのは覚悟していた。

昨年にタシケント空港で私たちが目にした光景…それはカオスだった。
旧ソ連時代の影響が未だに残っているのか、ウズベキスタン人は並ぶのが苦手なのか、それとも列の概念が無いのか、入国審査ブースの前は我先にと前へと進む人達の列でぐちゃぐちゃに人が入り乱れた状態。
同じエリアに空港係員は居るのだが、彼らは入国審査場の酷いカオスっぷりを目の前に見ていても我関せずで、おしゃべりに夢中。
なかなか凄い光景だった。
(写真:天山山脈を越え、もうすぐ平原部分にさしかかるころの光景/飛行機の窓から)

しかし、2018年に私と母が目にした光景は、昨年とは正反対の状態。

飛行機から降りた後は係員が入国審査場へと乗客を誘導し、審査場にはラインが引かれ、皆が整然と並び入国審査を待っていた。
そして、入国審査の係官たちも昨年のやる気のない態度から一変し、きびきびとした動きでてきぱきと作業し、パスポートを返すときにはWelcome!なんていう気の利いた一言まで発するサービス精神で、あまりの変化に心底驚いた。

ウズベキスタンは2018年から日本人は観光ビザが不要になるなど、政府が観光業に力を注ぎ始めたのは伝え聞いてはいたが、まさかこれほどの変化が起きているとは予想していなかった。

飛行機到着から空港出口に辿り着くのに要した時間は、なんと25分!
昨年(2時間)の1/4以下に短縮されていた。

どうやらウズベキスタンの観光産業は大きな変換期を迎えている様だ。

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Grand Art Hotel(グランド・アート・ホテル)

この日の空港からホテルへの移動は、ホテルに依頼した送迎車を利用した。
宿泊は、空港から車で5分のGrand Art Hotel。
Grand Art Hotelでは、空港への送迎を片道10US$で請け負ってくれる。
空港からタシケント市内までのタクシー相場は、おおよそ5(日中)~10US$(夜間)という情報はあらかじめ手配会社から聞いていたので、ホテルの車が10US$ならば…ということで送迎を依頼した。

このホテルへの送迎依頼は結果としては大成功で、タシケント空港出口にたむろしていたタクシードライバー(白タク)の言い値は安くても10 US$から。
同じ金額を支払うならば、ホテルで身元を保証している運転手さんの車が安心できる。

Grand Art Hotelは、ホテルのクラスだと☆☆ホテル。
でも、部屋には電気湯沸かしポットとミネラルウォーターも有り、Wi-Fiも部屋で使用でき電波状態も良好で、私的には十分すぎるホテルだった。
レセプションは24時間対応で、翌朝の早朝4時半の空港までの車の手配も朝食BOXの準備もバッチリ。
それでいて宿泊が1泊ツインルームで40US$/1泊(エクスペディアで予約、日本でクレジットカード決済)と安価なのは嬉しい。

場所がタシケントの中心部ではないので市内観光には不向きの宿だが、寝るだけのトランジットホテルとしての利用にはお勧めのホテルだった。

翌朝の起床は朝4時。
ウルゲンチへと向かう飛行機が朝6:10発なので空港には5時までに行かなければならない。

4時半のチェックアウト時に往復の送迎代を支払い、レギストラーツァ(写真)を受け取る。

レウズベキスタンではウズベキスタン人以外の外国人は到着後72時間以内に宿泊施設での滞在登録を行わなう義務があり、その滞在登録時に発行されるのが宿泊証明書であるレギストラーツァ。
レギストラーツァは旅人にとっては非常に重要な書類で、道端で警察官に職質を受けた時にパスポートを持っていなかったり、レギストラーツァを所持していなかったりするとかなり厄介なことになるらしい。

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タシュケント国内空港

この日の出発空港は、昨晩の国際空港とは異なった場所にある国内線専用空港で、国際空港から車で10分程離れた場所にある。

荷物をチェックインした後は、ベンチで朝食タイム。
ホテルで準備してくれた朝食ボックスの入ったビニール袋から、朝食セットを取り出した私たちは思わず噴き出した。

だって、普通、朝食ボックスって言ったら、紙箱に入っているサンドイッチや果物をイメージするでしょ。
ところが、取り出したブツはなんとプラスチックのタライ。
風呂桶のような赤いタライの中にパン、ハム、チーズ、ドライフルーツ、ジュースなどが山ほど入っていた。

タライに食品を置くなんて非衛生的だと思うかもしれないが、ウズベキスタンではタライは野菜や果物を量り売りする時の入れ物として使われていて、一種の食器みたいなもの。
だから、食べ物を入れても何の抵抗もないらしい。

タライに入っていたチーズは三種類で1つは癖のある山羊チーズなのだが、その濃厚な味が美味しく、私好み。
ウズベキスタンの小麦は質が良いのでパンは、まずハズレは無い。

ウルゲンチ行の飛行機はほぼ満席で定刻に離陸。
国内線なので飲み物位しか出ないと思っていたら、サンドイッチのような食事が提供された。

先程ホテル支給の朝食を食べたばかりの私達だったが、サンドイッチもペロリと完食。
胃は絶好調の様だった。

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ウルゲンチ空港からは、手配車で一路トルクメニスタンとの国境がある村Shawatへと向かう。

今回の母娘旅は基本は個人旅行なのだが、トルクメニスタンに関する部分だけはどうしても現地旅行会社に手配を入れなければならなかった。
と言うのは、社会主義国であるトルクメニスタンは旅人が自由に出入りすることの出来ない国。

トルクメニスタンを旅するには、入国予定日の1か月以上前に現地旅行代理店にコンタクトを取り、スルーガイドを手配してもらわなければならない。
またビザも必須で、ビザの取得には日本で取る方法と国境で取る方法の2択があり、私たちが使ったのは国境でビザを取得する方法。
そのビザ取得に必要なのが、トルクメニスタン国内の手配を受け持ってくれる旅行会社が発行するビザ申請書と呼ばれるもので、この申請書が無いとトルクメニスタンには足を踏み入れることができない。

今回の旅で現地手配会社に依頼を入れたのは、ウルゲンチorヒヴァ(ウズベキスタン)→国境→地獄の門(トルクメニスタン)の往復のルートで、手配代金は1泊2日の日程で1000US$/2人とけっして安くはなく、更にトルクメキスタンへの入国にはビザ申請代金が69US$/1人が必要となる。

(写真:ビザ申請書を入手するために、現地手配会社に提出する必要事項)

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ウズベキスタン-トルクメニスタン国境

空港からウズベキスタン国境まで母と私を送って来た車はあくまでも送迎車で、国境越えのサポートは一切してくれない。
だから、ウズベキスタン出国時からトルクメニスタン入国までは、全てを、母と私の2人の力だけで乗り切らなければならない。

二人で顔を見合わせ、意を決して国境に向かって歩き出す。

ウズベキスタンとトルクメニスタンの国境エリアでは破ってはならない決まりごとがいくつかあり、その1つが写真撮影の禁止。
もしその禁を破ったならば、国外追放では済まないかなり重い罰が待っている。

カメラを手で持っていたりすると疑われるのでカメラは鞄の奥底へとしまい、手には何も持たずにまずはウズベキスタン側の国境を通過。
ウズベキスタンからの出国は書くべき書類も何もなく出国印を貰うだけなので10分程度で通過できたのだが、問題はトルクメニスタン側の自由地帯に入ってから。

トルクメニスタンの自由地帯へと入ると、まずは兵士によるボディチェックとパスポートのチェック。(人によっては此処で兵士に賄賂をねだられたという話も現地で聞いた)
それから、黄色い送迎バス(乗車賃2US$/1人)に乗りトルクメニスタンの入国審査場へと移動する。

トルクメニスタンの入国審査場に到着したのが朝の9時過ぎだったのだが、もうそこには税関のチェックに並ぶ行商のおばちゃんたちの長い列ができていた。
国境エリアは現地手配会社のエージェントの手助けを求めることもできない場所であるため、自分達で何とかするしかなく、とにかく入国審査のブースの近くへとおばちゃんたちの間を縫って進んで行く。
(写真:現地手配会社が作成したトルクメニスタン・ビザの申請書)

幸い、トルクメニスタンの女性係官が旅人を優先的に通過させてくれたので行商のおばちゃんが作る長い列に並ばなくて済んだが、時間がかかったのはトルクメニスタン・ビザの発行。
審査場の係官(男)の作業はダラダラしていて非常にゆっくりで、見ている此方がイライラするほど。

更にトルクメニスタンは電力事情があまり良くないのか、入国審査場の使用電気量が許容量をオーバーしているのか、私たちがビザの発行を待つ間に起きた停電が3回。
そして1回停電すると10分は復旧せずにPC作業が停止し、全ての業務が進まなくなる…という最悪の状態だった。

何時になったらビザを入手できるのか…と不安になりながらひたすら立ち尽くす私達。
でも、英語すら殆ど通じないこの国境エリアにおいては、私たちが起こせるアクションは何もなかった。

そんな時に現れたのが救世主。
1人の男性がトルクメニスタン側にある出口から入ってきて、私を見るなり名前を確認してきた。
彼は、トルクメニスタンで2日間私たちのガイド兼運転手さんをしてくれるダブロンさん。
ウズベキスタン側で私たちを国境迄送り届けたドライバーから「ウズベク国境まで無事送迎完了」の電話を受けたダブロンさんは、私たちがトルクメニスタンの入国審査場から出てくるのをゲートの外で待っていてくれたのだが、いつまで待っても出てこない私達を心配して(多分、賄賂を渡して)入国審査場の中まで迎えに来てくれたのだ。

ダブロンさんの姿を見て、トルクメニスタンの審査官や係員の態度が急変。
彼が来てから10分ほどでビザが出来上がった。
トルクメニスタンの入国審査窓口でパスポートを提出してから、ビザ発行代金を支払うまでに要した時間は1時間半。
トルクメニスタン国境での入国は噂通りひどかった。

ビザが発行された後は税関での荷物検査で、全ての持物を開封され、中身をチェックされる。
特に薬は念入りに調べが入り、私が持って行った白い錠剤(頭痛薬、整腸薬、抗生剤)などは、これは何に使うのかとしつこく聞かれた。

面白かったのが、お札。
係官が持ち金を全て見せろと言うので出したのだが、彼らが見たかったのは日本円のお札で、US$には見向きもしない。
諭吉さんをひっくり返したり透かしたり、これは誰だ…?とか、どうしてお札に…とか完全に珍しいお札で遊んでいる状態だった。

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トルクメニスタンの入国審査を終えたのが10時半。
入国審査や税関でダメ出しされたら、トルクメニスタンに入れなくなるのでドキドキだったが、時間はかかったものの【この世の果て】への招待状であるビザも取得でき税関も通してもらって一安心。

トルクメニスタン側ガイドのダブロンさんの車に乗りこむ。
【トルクメニスタンへの入国及び入国審査に関しては、口コミでもう少し詳細な情報をアップしてある】

車は一路、【地獄の門】のある砂漠方向のDarvazaへ…ではなく、進路を西へと取る。
時刻は11時。
このまま【地獄の門】がある砂漠の方向へと向かってしまうと、途中の経路にランチを食べる場所が無い事、そして、あまりに早くに砂漠に着いてしまっても暑いだけなので、砂漠方面に向かう前にランチ休憩を兼ねて古い遺跡のあるクフナ・ウルゲンチの村へと立ち寄ることにした。

助手席に座り窓から見える景色を眺めていた私は、初めて見るトルクメニスタンの光景が面白くてたまらない。
ウズベキスタンとトルクメニスタンは地続きで繋がっているにも関わらず、家の雰囲気も人の服装、女性の髪形もかなり異なっていた。

そして、もう1つ特徴的だったのが道路脇の空き地を覆う白い何かで、まるでそこだけ雪が積もったかのように空地の一部分が白く覆われていた。
外気温が25℃以上になるこの時期に、まさか雪が積もっているの?
不思議に思った私は運転するダブロンさんにアレは一体何?と質問。

ダブロンさんもこの質問は予想していたらしく「なんだと思う? ヒントはアラル海」と逆に切り返された。
アラル海…の単語で、答えは「塩」と分かったのだが、トルクメキスタンがこんなに地面に塩が浮き出る程塩分の強い土地だったとは驚きだった。

アラル海とは死海の様に大陸の中に閉じ込められた海水性の湖で、かつてはカザフスタンとウズベキスタンに跨って存在し、世界第4位の湖水面積と豊かな海産資源を誇っていた湖だったのだが、旧ソ連統治時代に行われた灌漑政策の失敗により海水が流出し湖の面積が1/10にまで小さくなってしまい、今は哀れな姿に。
【消失した湖】ということで有名な場所だ。

トルクメニスタンも、もともとが土地の塩分が強く(多分、大昔はアラル海のような海底だったのだろう)雨の少ない土地なので、川水から取水する水道水は浄水場で濾過をしても塩分が抜けなく、生水は飲めないとのこと。
基本はボトル入りのミネラルウォーター生活だそうだ。

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ガイド氏への次の質問は母からで、トピックは、道路脇に延々と設置されているパイプについて。
トルクメニスタンの幹線道路脇には、太ももサイズの灰色のパイプが畑に沿って地平線まで走っていたので、畑の作物のために少しでも浄化した真水を運ぶためのパイプなのだろうと考えての質問だったのだがその答えは間違っていて、灰色のパイプは「ガスの供給配管」だのことだった。

トルクメニスタンは国中の何処を掘っても、天然ガスが噴き出してくる資源国。
だから、ガスは全て掘りたての天然ガスをパイプを使って各町へと供給していて、電力も全てガス発電でまかなっているそうだ。

因みにガス代や電気代はほぼ無料に等しく、米ドルで数ドルを払う程度でよいとのこと。
また、天然ガスを輸出産業としているため国はかなり儲かっていて、学校も高校までは無料で大学のみ学費がかかるシステムで、勿論、医療費もただ…。

中央アジアの北朝鮮というニックネームが付けられるほど閉ざされた社会主義国家ということで、私の頭の中では貧しい国のイメージだったトルクメニスタンだが、現実はそんなことはなく、人々はそれなりの暮らしをしているらしい。
電化製品や車も日本製が多く入っていて、丈夫で長持ちする日本製はトルクメニスタンでは人気で、隣国のウズベキスタンから日本製品を買い付けに来る専門の業者さんがいるという話だった。

(写真:トルクメニスタンの街のゲート。トルクメニスタンでは大きな町の入口には写真のようなゲートが作られている)

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Youは何しに、この世の果てへ/招待状は地獄行き☆国境を徒歩突破、地獄の門へへのコメント

animoさん  2018/07/10 00:45

トルクメニスタンはその昔は個人旅行なんて考えられない位危険のある場所でしたが、この10年ほどで治安がぐっと良くなったようです。
地獄の門のベストシーズンは春と秋。
国内には古い遺跡も色々とあるのでトルクメニスタンをメインとする旅も面白いと思います。

チンくんさん  2018/07/09 10:18

10年ほど前に中央アジアを旅行しましたが、治安の問題もあり、トルクメニスタンは断念してました。
1度は行きたい国なので、旅行記参考にさせていただきます!

animoさん  2018/05/31 00:48

トルクメニスタンの地獄の門は、知る人ぞ知る、地獄の絶景。
10年ほど前までは治安もあまり良くなく、さすがの私でもいけなかったと思いますが、大統領が変わり、治安もかなり改善された様です。
ガス・クレーターの縁に立つと、聞こえてくるのはガスの噴き出し音と上昇気流に煽られた炎が上げる重低音。
想像以上の迫力が私を待っていました。
旅行記2にも書いたのですが、夜はテント泊でトイレも草原ならどこでも…状態の一夜でしたが、それでも行く価値のあるところだと思います。
度胸さえあれば、だれでも行けますよ♪

makoa187jpさん  2018/05/30 12:27

表紙画像を見たとき、「火山かな?」と思いましたが、天然ガスに火がついたところとは・・・。
それもかなり至近距離まで行けるというので、びっくりしました。行ってみたいですが、ハードルが高すぎますね。

入国するのも自己責任、「地獄」へ行くのも自己責任ということですが、アグレッシブな行動力に脱帽です。

animoさん  2018/05/30 07:20

トルクメニスタンとウズベキスタンはホレズム文化が栄えた国で、今回の旅で二つの国を跨いで旅をしたことで、その文化の流れを少しだけ理解できました。
二つの国の遺跡は同じ文化の遺跡群ですが、トルクメンでの保存法はウズベクとは異なり、危険のない部分は時の経過による風化に任せるという保存方法でした。一見、乱暴に見える手法ですがそれがまた時代の移ろいを感じさせ、滅びてしまった都市のイメージを更に増幅させていました。
さて、トルクメンへの入国ですが賄賂を支払っていたらもっと早かったのかもしれませんね。

にゃもにゃもさん  2018/05/29 17:13

トレベクハニム廟の宇宙のモザイク画の美しさに写真でも感動しました。
本当に細かくて美しい…。
建設についてのエピソードは、王妃のしたたかさに怖いを通り越して感心しました。上手い…

それにしてもウズベキスタンとの国境での入国ほんとに大変でしたね…;
ガイドさんが来てくれてなかったらいったい更にどれぐらいの時間を費やしてたんでしょう…。


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メモ

☆予算の内訳☆
【移動】
国際線航空券(大韓航空) 230000円/二人
国内線航空券(ウズベキスタン航空) 24000円/二人 

【宿泊】
タシュケント2泊、ヒヴァ2泊、地獄の門(砂漠キャンプ)1泊

【ツアー代】
地獄の門1泊2日手配(ウズベクフレンズ/在日本に依頼):1000US$/二人

【観光】
入場券、現地申し込みのカラツアー等、ウズベキスタンスムでの支払い
韓国トランジットツアーでの買い物
US$払い可能だった観光費・タクシー代等
ちょこちょこ買った小さなお土産(2人で15000円位かな)

【食費】
ランチ、夕食、チャイハナで休憩(支払いはウズベキスタンスムのみ)

【その他】
国境でのトルクメニスタンビザ申請時の費用138US$/二人

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