Youは何しに、この世の果てへ/招待状は地獄行き☆国境を徒歩突破、地獄の門へ

2018年のゴールデンウィークは無謀にも中央アジアの北朝鮮と称される国への旅。Youは何しにトルクメニスタンへ?【地獄の門へ-1(クフナ・ウルゲンチ編)】

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ウズベキスタン-トルクメニスタン国境

ウズベキスタン-トルクメニスタン国境

空港からウズベキスタン国境まで母と私を送って来た車はあくまでも送迎車で、国境越えのサポートは一切してくれない。
だから、ウズベキスタン出国時からトルクメニスタン入国までは、全てを、母と私の2人の力だけで乗り切らなければならない。

二人で顔を見合わせ、意を決して国境に向かって歩き出す。

ウズベキスタンとトルクメニスタンの国境エリアでは破ってはならない決まりごとがいくつかあり、その1つが写真撮影の禁止。
もしその禁を破ったならば、国外追放では済まないかなり重い罰が待っている。

カメラを手で持っていたりすると疑われるのでカメラは鞄の奥底へとしまい、手には何も持たずにまずはウズベキスタン側の国境を通過。
ウズベキスタンからの出国は書くべき書類も何もなく出国印を貰うだけなので10分程度で通過できたのだが、問題はトルクメニスタン側の自由地帯に入ってから。

トルクメニスタンの自由地帯へと入ると、まずは兵士によるボディチェックとパスポートのチェック。(人によっては此処で兵士に賄賂をねだられたという話も現地で聞いた)
それから、黄色い送迎バス(乗車賃2US$/1人)に乗りトルクメニスタンの入国審査場へと移動する。

トルクメニスタンの入国審査場に到着したのが朝の9時過ぎだったのだが、もうそこには税関のチェックに並ぶ行商のおばちゃんたちの長い列ができていた。
国境エリアは現地手配会社のエージェントの手助けを求めることもできない場所であるため、自分達で何とかするしかなく、とにかく入国審査のブースの近くへとおばちゃんたちの間を縫って進んで行く。
(写真:現地手配会社が作成したトルクメニスタン・ビザの申請書)

幸い、トルクメニスタンの女性係官が旅人を優先的に通過させてくれたので行商のおばちゃんが作る長い列に並ばなくて済んだが、時間がかかったのはトルクメニスタン・ビザの発行。
審査場の係官(男)の作業はダラダラしていて非常にゆっくりで、見ている此方がイライラするほど。

更にトルクメニスタンは電力事情があまり良くないのか、入国審査場の使用電気量が許容量をオーバーしているのか、私たちがビザの発行を待つ間に起きた停電が3回。
そして1回停電すると10分は復旧せずにPC作業が停止し、全ての業務が進まなくなる…という最悪の状態だった。

何時になったらビザを入手できるのか…と不安になりながらひたすら立ち尽くす私達。
でも、英語すら殆ど通じないこの国境エリアにおいては、私たちが起こせるアクションは何もなかった。

そんな時に現れたのが救世主。
1人の男性がトルクメニスタン側にある出口から入ってきて、私を見るなり名前を確認してきた。
彼は、トルクメニスタンで2日間私たちのガイド兼運転手さんをしてくれるダブロンさん。
ウズベキスタン側で私たちを国境迄送り届けたドライバーから「ウズベク国境まで無事送迎完了」の電話を受けたダブロンさんは、私たちがトルクメニスタンの入国審査場から出てくるのをゲートの外で待っていてくれたのだが、いつまで待っても出てこない私達を心配して(多分、賄賂を渡して)入国審査場の中まで迎えに来てくれたのだ。

ダブロンさんの姿を見て、トルクメニスタンの審査官や係員の態度が急変。
彼が来てから10分ほどでビザが出来上がった。
トルクメニスタンの入国審査窓口でパスポートを提出してから、ビザ発行代金を支払うまでに要した時間は1時間半。
トルクメニスタン国境での入国は噂通りひどかった。

ビザが発行された後は税関での荷物検査で、全ての持物を開封され、中身をチェックされる。
特に薬は念入りに調べが入り、私が持って行った白い錠剤(頭痛薬、整腸薬、抗生剤)などは、これは何に使うのかとしつこく聞かれた。

面白かったのが、お札。
係官が持ち金を全て見せろと言うので出したのだが、彼らが見たかったのは日本円のお札で、US$には見向きもしない。
諭吉さんをひっくり返したり透かしたり、これは誰だ…?とか、どうしてお札に…とか完全に珍しいお札で遊んでいる状態だった。
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