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亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となる

ここ1年で色々な意味でクリーンとなったウズベキスタン。ビザも必要なくなり、旅が楽になったかと思いきや公務員の体質は変わらずで、現地通貨が手に入らない事態に…【地獄の門へ-4(ヒヴァ編)】

亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となる

亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となる

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亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となる

2018年のゴールデン・ウィークは御年74歳の母と共に中央アジアのトルクメニスタンとウズベキスタンへ。
トルクメニスタン2日、ウズベキスタン3日の旅程で旅をしてきました。

旅の前半に訪れたトルクメニスタンでの目的は、砂漠の中で煉獄の焔をあげる地獄の門。
母と共に地獄の門の傍らのテントで一晩を過ごし、暗闇の中に浮かび上がる負の遺産;ガスクレーターの姿を眼に焼き付けてきました。

そしてウズベキスタンは昨年に引き続き、2年連続の旅。
昨年にさんざん歩き廻ったので、ある意味、勝手知ったる国のつもりでいたのですが、たった1年しか時間が経過していないのにウズベキスタンの国内事情が様変わりしていて、母と私は入国時から戸惑うことが多くありました。
ウズベキスタンの国内事情がガラリと変わったのは政府の方針によるもので、政府が今まで適当になあなあの関係でやってきた〈昨年に旅した時は、国の施設での贈賄も日常茶飯事でした〉部分をキチンを規則化したため。

政府の様々な締め付けが厳しくなったおかげで、市民生活にはプラスになることが多くなり、公務員の横柄な職務態度も1年前に比べてかなり改善されたということでしたが、旅人にとってはメリットばかりではありませんでした。

昨年は、街中を歩けば【闇両替】に当たるとも言われているほど沢山いた両替屋さん(正規ではなく、闇レートと呼ばれる米ドルとの交換率の良い両替商)の姿が、政府の規制強化のおかげで、町の中から消えてしまいました。
そのせいで、母と私はトルクメニスタンからウズベキスタンに陸路移動してきた日に、ウズベキスタン通貨が手に入らない!という緊急事態に陥り、町の中を右往左往する羽目に。
両替難民となったのは私達母娘だけではなく、他の多くの旅人も困り果てていました。

そんなドタバタから始まったウズベキスタン旅行記は、独裁者国家トルクメニスタン国境を徒歩突破した母娘が、薄浅葱(うすあさぎ)色の古都ヒヴァに向かうタクシーの中からスタートします。

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☆★ この世の果て〈地獄の門;Darvaza Gas Crater〉へ♪ 旅程 ☆★
□4/29 成田09:25-11:50仁川15:45-19:20タシケント(大韓航空)
□4/30 タシケント06:10-07:50ウルゲンチ(ウズベキスタン航空)
    ウズベキスタン→徒歩で国境越え→トルクメニスタン
    クフナ・ウルゲンチ遺跡→地獄の門へ(テント宿泊)
■5/1  地獄の門→国境越え→ヒヴァ
□5/2 ヒヴァ観光
□5/3 カラ巡り/カラカルパクスタン共和国
    ウルゲンチ21:00-23:45タシケント(ウズベキスタン航空)    
□5/4 タシケント観光 
    タシケント21:20-
□5/5 07:35仁川
    10:00-15:00 ソウル・トランジットツアー
    仁川17:40-20:00成田(大韓航空)

☆★ 2018 トルクメニスタン&ウズベキスタン旅行記☆★
・74歳の挑戦は中央アジアの北朝鮮!? 
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27963/
・人生初のテント泊は地獄の淵で
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27977/
・独裁者政権の国って…?
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28043/
・ヒヴァで両替難民となる
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28283/

【姉妹旅行記☆2017ゴールデンウィーク ゆるゆるウズベキスタン旅】
・闇両替も悪徳警備員も、どんと来い♪ http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26626/
・夜行寝台列車はクリスティの世界
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26650/
・古のオアシスに微睡む夢
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26705/
・アレクサンドロスの追憶
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27747/
・砂漠のユルタでキャンプ
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27813/
・生ける王が眠る青い古都
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27843/
・Win-Win詐欺★甘い話には裏がある
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27869/

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初めてその写真を目にした時から頭に焼き付いて離れなかった、大地に穿たれたクレーターで燃える炎【地獄の門】。
地獄の門は超独裁者国家;トルクメニスタンのど真ん中にあり、日本人には若干敷居の高い旅先ではあったのだが、今の時代、やる気になればある程度のことは出来てしまうもので、74歳の母と共に一昼夜を燃え盛る焔の傍らで過ごし、その大地のエネルギーを五感で味わってきた。

トルクメニスタンの出入国に当たり問題が何もなかったと言えば、そんなことはなく、ウズベキスタン国境とボーダーで多少のトラブルがあったが、トルクメニスタン側の現地エージェントが上手く動いてくれ、更に運の味方もあり、最終的には難なく出国し、ウズベキスタンへと再入国できた。

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2018年5月1日15時。
トルクメニスタン国境からウズベキスタン国境の村シャワットへ徒歩で国境越えをした母と私は国境出口で待機していたタクシー(手配車)に乗り、一路、ホレズム王国の名残を現代に残す古都ヒヴァへと移動した。

トルクメニスタンとウズベキスタンは国境を隔てて1本道で結ばれている。
だから、地域の植生や土壌の性質も似通っている場所で両国とも同じような風景が続くのかと思っていたのだが、そんなことはなかった。

田舎道と言う点では両国とも同じなのだが、トルクメニスタン側では道路脇の大地に見えるのは、白く塩を葺いた荒涼とした土地。
一方のウズベキスタン側では、地面に改良剤を撒いているのか塩の大地は無く、街路樹が青々とした葉を付けた緑豊かな土地が続いていた。

国家の財力でいえば天然ガスという資源の豊富なトルクメニスタンがお金持ちなのかもしれないが、国民の事を考えて国づくりが行われているのはウズベキスタン側なのだろう。
独裁者国家のトルクメニスタンには天然資源からの莫大な収入が入るが、その還元先は国民ではなく、国のトップに居座る一部の方々の私腹となっているのかもしれない。

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イスラム・ベック・ホテル

国境から1時間ほどでKhiva(ヒヴァ)の町へと到着した。

ヒヴァでお世話になるのはIslambek Khiva(イスラムベック ヒヴァ)ホテルで、場所は東門の近くにある。
実はこのホテルは本館と旧館に分かれていて、本館がIslambekホテル、そして旧館がIslambek Khivaホテルの名称で登録されている。

私の選択は宿泊料金が安い旧館で1泊の宿泊がツインルームで52ドル(朝食付)だ。

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イスラム・ベック・ホテル

こちらが本館であるIslambek側の室内。
まあ、こぎれいな感じで、部屋でWi-Fiが使えるのがそのポイントだということだった。

一方、母と私が宿泊した旧館の建物でWi-Fiは飛んできていない。
でも、本館と旧館では宿泊料金が1泊10米ドル強異なるので、Wi-Fiの有無だけであるならば私達には旧館での宿泊で十分だった。(本館のレセプション前でのソファーでWi-Fiを利用することが可能)

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宿泊者の客層は個人旅の方ばかりで、団体ツアーの利用はない。
客祖、英語圏と日本人、そしてフランス語圏が多く、大陸系は少なかった。
私たちは二泊したが、どちらの夜も何人かの日本人の宿泊客の方とレセプションで立ち話をするほど日本人率は高かった。

とはいうものの、宿のスタッフとの会話で日本語が通じる訳ではなく、スタッフの中でも英語が通じるのはご主人だけだ。

宿の前でお嬢さんと遊ぶこの方は、多分、宿のおかみさん。
英語は全く通じないけれど、昔覚えた手遊び(グ-・チョキ・パーで 何作ろう♪)をしてあげたら、お嬢さんに大うけだった。

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亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となる

この日、ヒヴァの宿に着いた私たちがまず最初にしたことは、シャワー。
昨晩は灼熱の地獄の門のある砂漠で一晩を過ごしたので、汗と砂で躰がベトベトで、まずはソレを洗い流す。
それから、すぐにヒヴァの街中へと出発する。

いつもの旅ならば町探検は楽しみなのだが、この日の場合は町探検なんていう遊びをしている余裕はなく、切実な問題を抱えていた。

問題とは、ウズベキスタンの通貨であるスムへの両替。
昨年(2017年)のGWのウズベキスタン旅では、宿の支払いはドル払い(スム払いは不可)で、更にどこの宿でも強い米ドルは歓迎され、米ドル→スムの両替を喜んでやってくれた。
しかし昨年秋以降の政府の政策変更により、政府が両替レートをしっかりと管理し、一般市民が一定額以上の米ドルやユーロを持つことが禁止されたので、宿での両替が一切できなくなってしまったのだ。

この日のウズベキスタン入りした時点で私が持っていたウズベキスタン通貨は、16万スム(20米ドル分)だけ。
これでは2日間の宿代も支払えないし、この日の夜の夕食代にも事欠く状態で、何としても200米ドルをどこかで両替したかった。

そんな時に役に立つのが宿で作成している宿泊者用の市内案内地図。
そこには両替所の場所もポイントしてあった。
両替所の営業時間も17時までということで、あと1時間はある。

母と私は両替所に向けて颯爽と歩き出した。

ヒヴァの町は、世界文化遺産に指定されている街。
ここには、中央アジアと西アジアで唯一の史跡が昔からの形そのまま無傷な姿で残されている。

その唯一の史跡とは、イチャン・カラと呼ばれる内城壁とその城壁に内包される昔の儘の城下町のことで、城壁で囲まれた街それ自体が世界文化遺産に登録されているという事だ。

その昔は中央アジアの多くの町には外城壁と内城壁があり、敵の侵入を二重の攻防ラインで守っていたのだが、その殆どの町が歴史の中の戦いで滅び、新しい街として近代的に造り替えられている。

しかし、ヒヴァは少しだけ辺境地帯に存在したことが幸いして、外城壁は崩れ現在はその一部しか残っていないが、内城壁は街全体を囲む形で昔のままの状態で残されている。

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ヒヴァのイチャン・カラ

城壁には東西南北に門があり、16世紀の当時は夕方になると門扉が閉まり、外城から内城に入ることも、内城から外へは出ることができなくなったという。  

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門扉は昔のままの木製の扉で、古いイスラム紋様の彫刻が彫られていた。

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イチャン・カラ(内城壁)は日干し煉瓦で出来ているため、壁のところどころで乾燥した日干し煉瓦が崩れ、中心部の古い時代の土壁の層が見えている。

実は、このイチャン・カラの土の城壁。
この城壁を作っているのはタダの土ばかりではない。

城壁の分厚い壁の中には、数千体の人骨が埋められているという。

これはこの地方に栄えたホレズム文化の昔から伝わる風習で、その昔は死者を壁の中に埋葬するのが普通だったそうだ。

この人骨話をウズベキスタン旅の事についてリサーチしている時に知った時、頭に浮かんだのはエドガー・アラン・ポーの綴った小説;黒猫。
なんだか不気味な風習だなぁ…と思ったものだったが、実際にその死体が埋め込まれた壁を目の前にすると、そんなこともあるかもね♪と思えてきた。

話だけ聞くと怖いが、その地に足を運び、町の空気や音等を五感で味わうと、不思議と納得できてしまう部分もあった。

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史跡を眺めながら、両替所へと向かう。

ヒヴァのイチャン・カラの内部の街並みはそれほど広くはなく、方向感覚は比較的掴みやすい。

町の中には古くからの城や見張り台が残り、煉瓦の中に施された模様も、昨年にブハラやサマルカンドで見た装飾とは異なるさらに古い時代の独特の柄だった。

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亡霊が護る城壁都市☆セピア・ブルーの古都で両替難民となるへのコメント

animoさん  2018/09/01 14:02

ヒヴァはウズベキスタンに残る古の都市の中でも歴史が古い方ですね。
その分、古典的なデザインも多く、他の地方と雰囲気が大きく違いました。

バナナジュースさん  2018/08/30 17:51

古いイスラム紋様の彫刻にうっとりです。きれいですね~(^O^)


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メモ

☆予算の内訳☆
【移動】
国際線航空券(大韓航空) 230000円/二人
国内線航空券(ウズベキスタン航空) 24000円/二人 

【宿泊】
タシュケント2泊、ヒヴァ2泊、地獄の門(砂漠キャンプ)1泊

【ツアー代】
地獄の門1泊2日手配(ウズベクフレンズ/在日本に依頼):1000US$/二人

【観光】
入場券、現地申し込みのカラツアー等、ウズベキスタンスムでの支払い
韓国トランジットツアーでの買い物
US$払い可能だった観光費・タクシー代等
ちょこちょこ買った小さなお土産(2人で15000円位かな)

【食費】
ランチ、夕食、チャイハナで休憩(支払いはウズベキスタンスムのみ)

【その他】
国境でのトルクメニスタンビザ申請時の費用138US$/二人

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