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「おくんち」の喧騒が過ぎ去った静かな秋の長崎を訪問します。

昨年2月に「ランタン祭り」で賑わう長崎を仕事で偶然訪れてから約一年半以上が過ぎ、今回は「長崎くんち」の終った静かな秋の母の故郷を訪ねてみました。

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羽田空港第2ターミナル

羽田空港から長崎空港まではANA661便で向かいました。本来は一週間前に「長崎くんち」を見に行く予定でしたが、家族に不幸があり日程を丸々一週間ずらしての旅行となりました。チケットは旅割75を使い12,190円でしたが、2親等以内の不幸でしたのでペナルティなしで変更が出来ました。空港に着いて朝食を取り、ラウンジで暫く寛いでから搭乗口へ向かいました。本来63番ゲートからの搭乗でしたが、前日に連絡が入り506番のバス搭乗になりました。搭乗機はボーイングB767-300で、当日はほぼ満席でした。

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ホテルベルビュー長崎

長崎での宿泊は長崎駅から市電2駅目大波止電停前の「ホテルベルビュー長崎(https://www.hotel-belleview.com/)」です。市内歩きのロケーションも良く、宿泊予約はヤフーを通じ一休.comで行い、1泊朝食付きで3泊17,797円でした。部屋は表通りに面した10階の19号室で目の前に稲佐山が見える部屋でした。ホテルの隣はカステラで有名な「文明堂本店」です。朝食は06:30~1階のレストランでブッフェ方式で頂けます。チェックインは15:00~ですのでホテルに荷物を預け、早速市内観光へ出掛けました。

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中華料理 王鶴

長崎最初の昼食は長崎新地中華街にある「中華料理 王鶴(http://www.ohzuru.com/)」でチャーハンと春巻きを頂きました。平日ですと「皿うどん」にチャーハンとデザートまで付いて750円というランチがあるのですが、日曜日ですのでチャーハンと春巻きを別々に頼み、料金は1,400円でした。チャーハンは少し薄味でプリプリのエビが入り、春巻きの餡はトロトロです。春巻きに付いてきた大根の漬物の酢味が美味しくて、会計の時にどこかで売っているのか聞いてみましたが、残念ながら自家製との事でガッカリしました。

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大徳寺公園

新地中華街を抜け「ホテルマリンワールド」の裏手に「大徳寺公園(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/77/)」があります。目の前に立つと圧倒される存在感で、幹回りが12.60mもある県下で1、2を争う巨樹は、古くから“大徳寺の大クス”として親しまれてきました。樹齢は推定800年前後とされています。この大クスのためか境内には大楠神社があり、木の傍らには楠稲荷神社があります。

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丸山公園(坂本竜馬像)

かつて日本三大花街として栄え、坂本龍馬がよく訪れたという丸山地区の公園(http://www.nagasaki.web-saito.net/maruyama.html)。江戸から幕末、明治と長崎で活躍した国際人の社交場であった。

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花月

長崎県長崎市にあった「花街・丸山」。そこに今でも残っているのが、当時、丸山随一と言われた料亭『花月(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/177/)』です。現在も料亭なので、長崎名物「卓袱料理」なども食べることが出来ます。幕末の多くの有名な志士たちが愛用した料亭なので、史跡として見る価値は十分ある場所です。

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丸山通り

長崎県長崎市にある『丸山通り』です。ここが有名な長崎の花街「丸山」があった近辺です。

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長崎山清水寺

長崎山清水寺(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/176/)は元和9年(1623年)、京都音羽山清水寺の僧慶順によって開創されました。現在の本堂は寛文8年(1668年)に唐商何高材により建立されたもので、日本の様式に当時の中国様式(黄檗様式)を取り入れた長崎ならではの 建築様式となっています。また、本堂の外陣奥には仏様「びんづる様」が祀られており、病気のところを撫でると平癒すると言われることから「撫で仏様」とも呼ばれています。

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崇福寺

興福寺が南京地方出身者の建立によるもので南京寺と呼ばれるのに対し、崇福寺(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/96/)は福州寺と呼ばれます。市内鍛冶屋町にあり、竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門があります。殿堂内の仏像仏具類は、いづれも中国人名匠の手によるもので、明朝末期文化の縮図といえるものです。長崎の唐寺の特色は媽祖堂をもつことで、媽祖は海の神様であり、当時、唐船主たちが航海安全を祈願してまつったものです。

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東明山 興福寺

日本に来る中国人の中にはキリスト教徒がいたため、長崎奉行は唐人の宗教についても厳重に調査をしていましたが、在留唐人等は自ら進んでその証明を行い、かつ、海上の安全祈願と故人の冥福を祈るため寺を建てようということになり興福寺(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/97/)を建立しました。境内には国指定重要文化財の唐人屋敷住宅門や県指定有形文化財の三江会所の門(江南・浙江・江西)、日本三聖堂の一つといわれた長崎聖堂の大成殿と杏檀門(大学門)があります。

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桃渓橋

「寛永11年(1634)最初の石橋眼鏡橋が架けられて以後、17世紀までに中島川と直交する道路筋のほとんどに石橋が架けられました。桃渓橋(http://5.travel-way.net/~niemon/nagasaki/nagasakisi/momotani.html)は、延宝7年(1679)僧卜意の募財により架橋された石造アーチ橋です。側にある地蔵堂を卜意地蔵といい、この橋は卜意橋とも呼ばれています。昭和57年(1982)の長崎大水害により大破しましたが、その後原形に復旧されました。

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諏訪神社

諏訪神社(https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/94/)は長崎市民から“おすわさん”と親しまれている氏神様です。創建は寛永2年(1625)で、当時はキリスト教が広まり他教を排斥したため、市内の社寺は破壊されることが多く、肥前唐津の青木賢清が長崎奉行・長谷川権六に願い出て造営したものです。現在も続く秋の大祭・長崎くんちは、豪華絢爛・異国情緒たっぷりな祭りとして日本3大まつりの1つに数えられています。楼門からの70余段つづく石段は見事なものであり、くんちのときは見物客でうまります。

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