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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

今から半世紀ほど昔に廃村となった滝首集落が、清らかな湿原として再び光を取り戻す阿賀町の物語です。

小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

今からそれほど遠くない昔。
人里を離れた山の奥、
豪雪地帯の阿賀郷の自然が豊かな土地に、
小さな集落がありました。

集落に暮らす人たちの生活の糧は農業。
人々は互いに協力をし、暮らしていました。

しかし年々、集落の人の数は減少し、
待望の赤ん坊も、年頃となると、
村を離れていきました。

集落にヒトの声が聞こえなくなった
昭和51年の冬、

主の居なくなった茅葺きの家々は
降り積もる雪の重みに耐えかね、
春の訪れを待つことなく
その形を失いました。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

昭和40年~昭和50年の日本は、高度経済成長期を経験し豊かさを実感し始めた頃。
その頃の日本では、人口の流出、特に山村部から都市部への流出が著しくなっていました。

阿賀郷のある新潟でも、新潟と東京を結ぶ高速道路;関越自動車道の建設が始まり、若者にとって東京は憧れではなく現実世界の就職先となり、集落の多くの若者が地方の村を離れ、夢を抱き旅立って行きました。

しかし、若者が巣立ったあとの農村部。
そこに残ったのは、昔からこの地で暮らす年配の方々、祖先が築いた家を守り抜いてきたひとたちです。

ひとり、ふたり……と村の人口が減っていき、残りの世帯が5世帯となったとき、当時の首長は村を捨て移村する決断を下しました。
齢を経た彼らには、古くからの農地を守る力が残っていなかったのです。

《写真:ビジターセンターの掲示写真;廃村前の滝首集落(ビジターセンター内は写真撮影OK)》

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

それから長い歳月が過ぎ、インターネットという言葉が世間でも一般的になってきた頃、阿賀郷で動きがありました。

廃村によりヨシや灌木が繁茂する荒野となった土地は、もともとは美味しいお米が収穫できた肥沃なエリア。
なんとか、その土地の特性を生かした事業を新規に興すことはできないのだろうか……と。

今から45年前にあった滝首(たきがしら)集落。
ヒトが捨ててしまった土地だけれど、その自然の素晴らしさ、山間の集落独特の地形を生かした事業ができないだろうかと……。

それが、再生計画;“たきがしら湿原プロジェクト”の始まりでした。

《写真:ビジターセンターの掲示;滝首集落の歴史(ビジターセンター内は写真撮影OK)》

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

私が母から“たきがしら湿原”という場所の話を聞いたのは、1年前の4月の末のこと。

たきがしら湿原は、今から半世紀前に廃村となった小さな集落跡に作られた湿原で、当時の集落の棚田の形をそのまま生かした形の湿原。

春の訪れが遅い新潟の山村部では5月初旬が、やっと植物の芽吹きの時期。

「そんなに大きな規模の湿原ではないけれど、ちょっと滝首まで足を伸ばして、春の息吹を感じに行きたくない?」
母は、私にそう誘いをかけてきた。

GWにヒトが混み合う場所へと行く気は無かったが、山村の小さな湿原、それもやっと根雪が消え、蕗の薹が芽吹いてきたばかりの湿原ならば、大賛成。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

この年の “たきがしら湿原”のオープンは私が訪れた日だが、オープン日は毎年かわるので、湿原の開花状況やオープン日などの情報などは公式HP↓参照。
http://www.town.aga.niigata.jp/kankou/shizen/takigasira/nanamecgi/

湿原エリアに行く途中には車止めのゲートがあり、そのオープン時間(8:30)に合わせて到着するように訪れ、まずはビジターセンターへと行きその3階テラスから湿原全体を見渡す。

ビジターセンターのテラスから眺める光景は、旅行記の2枚目の写真で紹介した滝首集落があった50年前の写真とほぼ同じで、再生された湿原が当時の棚田とほとんど変わらない形をしているのが分かる。

しかし、春の景色を感じにやってきたのに、湿原に目にやっても秋のような枯れ草色の景色で、何処にも春の彩……なんて見えない!のでは?
と思うかもしれないが、春の芽吹きは小さな囁き。
よく目をこらさないと、その囁くような小さな姿はキャッチできない。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

湿原の木道に立ち、湿原を眺めると、ほら!水路の周りには……、

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白い苞を有する水芭蕉の姿が、並んでいた。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

上流に集落のないたきがしら湿原の水は、清らか。

だから、水芭蕉は小振りサイズ。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

水の流れに沿って花開くその姿は、保育園児のさんぽ姿にも見え、
可愛らしくすらある。

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群生している水芭蕉は、ちょっと賑やかな雰囲気。

人間に例えるならば、友人とのおしゃべりに熱中する女子中学生だろうか。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

元々が水田だった場所に作られた湿原なので、たきがしら湿原の土壌の保水性はバッチリ。

だから、見た目は水の少なさそうに見える場所にも水芭蕉の姿があった。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~

水が清らかだから、水芭蕉が芽吹くその流れの中は小さな魚の影。

もしかして、野生のメダカだろうか。

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小さき妖精の楽園♪たきがしら湿原 ~太陽の光 再び~へのコメント

animoさん  2020/05/04 10:38

TAKIRYUUさん こんにちは。
新潟で暮らしていたとのこと。かつての私と市内のどこかですれ違っていたかも・・・しれないです。ご両親と旅された49号線沿いの湿原はもしかすると、たきがしら湿原だったのかもしれませんね。綴った旅行記が読まれた方の記憶の中から古い記憶をたぐり寄せ、追憶に浸る時を司る。これが旅行記Magicの面白い所です。

TAKIRYUUさん  2020/05/03 23:06

私は大阪の人間ですが、小学校~中学校の間の約4年間、父親の転勤の関係で新潟市に住んでいたことがあります。当時49号線方面に家族で水芭蕉を見に行った記憶があるのですが、そこがどこなのか全く覚えていません。両親とも鬼籍に入っており、どこだったのかもう聞くことは出来ませんが、ひょっとしたらそこが「たきがしら湿原」だったのかもしれませんね。何か懐かしい思いで拝見しました。


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メモ

・高速代金 新潟中央IC→津川IC 片道1420円
・蕎麦ランチ予算 七福荘(800円~1500円)/1人
・日帰り入浴 500円/1人  
・たきがしら湿原の入園料:無料

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