海外旅行・観光情報の「地球の歩き方」TOP  > 旅スケTOPふらり 寄り道 レトロ旅/歴史に揺蕩う京の風 美々津の旅行記

ふらり 寄り道 レトロ旅/歴史に揺蕩う京の風 美々津

今回の旅行記は2月に訪れた古事記を巡る旅のスピンオフ編で、古事記の時代から遙か時を経た江戸時代に一世風靡した九州の港町がその舞台。ふらりと立ち寄った美々津の昔語りです。

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今から400年ほど遡った江戸時代。
物資の運搬の主役は船で、廻船と呼ばれる海上輸送船が江戸と大坂(現在の大阪)を行き交い、綿や油、醤油などを運ぶ菱垣廻船と酒にターゲットを絞った樽廻船がそのスピードを競いあっていました。

海運産業が盛んだったのは、幕府のあった江戸や天下の台所の大坂だけではなく、それらの大都市へと荷を運ぶ拠点となる町でも同じで、日向の港町であった美々津は、大坂への荷を運ぶ廻船問屋や商家が軒を連ねる活気ある大きな港町で、千石船が海を行き交い、港町には“美々津千軒”と呼ばれる廻船問屋が連なり、京や大坂の雅な造りを取り入れた家々が並んでいました。

美々津の港には大坂からの商品、情報が九州の何処の港よりもいち早く入り、船乗りが上方土産に持ち帰る流行歌や装飾品は、美々津の港から九州内陸への流行が始まったとも言われています。

港町;美々津の一大交易都市としての発展は江戸時代から明治・大正時代へと続きましたが、長く鎖国のぬるま湯に浸り、なかなか西洋文化への馴染みが遅かった日向地方。
大正時代に入り、西洋から蒸気汽船が入ってきてからも古式ゆかしい和式の帆船から離れることができずに、時代の流れの変化に気がついたときには、もう、時すでに遅し。

時を同じくして美々津に鉄道が敷かれ、さらに道路交通網の整備により木材輸送の港が日向細島湊へとシフトし、美々津港はその煌びやかな海運の歴史に幕を閉じました。

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大人となって改めて読み直した古事記。
子供の頃に学童版古事記を読んではいましたが、もう一度、オトナ向けに編集されたその内容を噛みしめながら読んでみると、その内容は突拍子もない上に、何の脈絡もなく新しい登場人物が増えたり、やたらオトコ神が女好きで泣かせたオンナの数は数知れず・・・と奇想天外。

古事記は、実は高天原で暮らすカミサマたちをニンゲン臭溢れる描写で描かれたドラマであり、その誕生の舞台となった地を自分の目で見てみたくなった私は、冬に宮崎を旅しました。

古事記の基本は神話物語であり、その内容は後世に編纂された日本書紀とも異なる部分も多くあり、信憑性の白黒もはっきりしない部分が多いのは事実です。

しかし、宮崎には現在でも古事記の神々の名に由来する地が多く存在し、その地では古事記に登場するキャストである神々が現在も敬われています。

そして、それらの土地には古事記には詳細が記されなかった裏話や、古事記のその後的な-Spin off ver.もありました。

今回の旅行記は、古事記旅のスピンオフ編。
アマテラスの子孫である神武天皇が初めて水軍を編成し、船出をした美々津。
神武天皇の時代から2300年の時を経た江戸の元禄時代に、九州海運の要として発展を遂げた京の風が吹く美々津の港町のお話です。

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美々津の港町があるのは、耳川の河口の小さな漁港。

国道沿いに大きな紹介看板があるわけでなく、ここに京風のレトロな家々が軒を連ねる町並みがあるという予備知識が持っていなければ、ふらりと目的無く旅をしていたのでは、美々津には辿り着けない。

江戸時代から大正時代に海運業で栄えていた港町であった美々津は、廻船問屋の土蔵や商家が残る町並みが国の重要伝統的兼俗物保存地区として指定された町で、ガイドブックでは、“石畳にレトロな廻船問屋の町並み”と紹介されていた。

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だから、私の頭の中で膨らんでいた美々津のイメージは、箱根の旧街道的な石畳とお江戸の廻船問屋風。

でも、実際の保存地区の路面はこんな感じ(写真)で“石畳”と言うよりも、工業的にカッターで切り取った“石を並べた道路”で、ちょっと私の思い描いていた石畳とは様子が違っていた。

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予想していた想像図と実際の美々津の町並みが違っていたので少しガッカリもしたのだが、この“石敷道路”についての説明看板を読んで、納得。

昔から美々津の商家や廻船問屋で使われていたのは、“石畳”ではなく“石敷”。

もともと美々津の道路全体が石畳だったわけではなく、各家々の玄関前のスペースに自然石を敷き詰めた石敷空間を施すのが美々津流の美しい町並みだったってことだ。
(ガイドブックにはもう少し正確な情報を書いて欲しいかな・・・)

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美々津の重要伝統的建造物群の区域内には日向市歴史民族資料館があり、資料館は元々が廻船問屋であった河内屋さんの建物を利用している。

河内屋は165年の歴史があり、当時は美々津でも指折りの豪商として栄華を極めていたそうで、その建物は修復は施してはあるが、当時の造りを生かした形で資料館として活躍している。

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廻船問屋“河内屋”が建てられたのは1855年(安政2年)。
建物の中には165年前の和式ライフスタイルがそのままの形で残されている。

美々津での持ち時間が短かった私たちは資料館内へは入らなかったが、その入館料も大人220円とそれほど高くはない。

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ガイドブックの写真を眺めていると、美々津には多くの歴史的な建造物が残っているようにも錯覚するが、実は江戸や明治時代から当時そのままの形を維持している商家はそれほど多くはなく、家の中まで拝見できるお宅は3軒だけで、そのほかは外観の見学だける。

こちらの写真のお宅は1840年(天保11年)に建築された山中家で見学は外観のみ。
玄関周りには石が敷いてある美々津の伝統的な様式家屋だ。

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美々津の町を散策していて気がつくのが、折りたたみ式の縁側;ばったり床机(しょうぎ)。何処の家にもばったり床机があるのが美々津の港町の特徴で、美々津の人たちは、このばったり床机のことをバンコと呼ぶ。

そして、このバンコが美々津が上方文化を引き継いでいる部分の1つで、日本でバンコ(ばったり床机)で有名な場所は、京の町屋。
ばったり床机は揚げ店(または揚見世)とも言い、その昔は商品を陳列する折りたたみ式のショーウインドウの役割を果たしていたそうだ。

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ばったり床机を表す“バンコ”と言う単語は、なんだか日本語っぽくない響き。
・・・と言うことで調べてみたらやはり、バンコの語源はポルトガル語。
Bancoとはポルトガル語でベンチのことを指す。

折りたたみ式の椅子を呼ぶのに、上方のオリジナル京言葉の“ばったり床机”を使わずに、鎖国時代から交易のあったポルトガルの言葉から名前を貰うだなんて、江戸時代の美々津の廻船問屋のオヤジ達はなんと粋だったのだろう。

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保存地区の建物の多くは伝統的な切妻屋根が多く、三角形の切妻が通り沿いに並ぶ姿は壮観だったが、残念だったのが電柱と電線。
建物の2階の高さには見事に電線が走り、せっかくの景観がもったいないかな。

町の整備計画を実施するときに地下埋没式電線を採用できれば良かったのにね。

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美々津には漆喰壁の家も多く海鼠(なまこ)塀もよく見かけたが、美々津の海鼠塀は一般的な平瓦を用いた形ではなく、瓦の代わりに石を用いていた。

瓦だと幾何学的な印象になる海鼠塀も、色が微妙に異なる石の組み合わせだとその印象も優しげな雰囲気となる。

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