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かぷかぷ 笑ったよ/クラムボン漂う IHATOVO

クラムボンとは、いったい何なのか。岩手県花巻市で宮沢賢治に縁のある地を巡りながら、その謎解きに挑みます!

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その昔、まだやんちゃな小学生の頃に学校で習った【やまなし】という物語は、私が最初に触れた彼の作品です。

【やまなし】と聞いてピンと来なくても、
「クラムボンは わらつたよ」
「クラムボンは かぷかぷ わらつたよ」
「クラムボンは 跳て わらつたよ」
「クラムボンは かぷかぷ わらつたよ」

このフレーズを目にしたら、嗚呼、そういえば不思議な語呂の“クラムボン”という単語が出てくる話が国語の教科書にあったかもしれない・・・と思い起こす方もいるかもしれません。

【やまなし】は川底で遊ぶ蟹の兄弟が、クラムボンという謎の生物(物体)と、クラムボンの周囲で起きる事象について話す物語ですが、クラムボンという軽快な響きを持つ言葉は、あれから幾月の時が過ぎたとしても幼い頃の記憶の中に居座っています。

【やまなし】を綴った彼とは、宮沢賢治。
宮沢賢治は今でこそ有名な作家であり詩人ですが、37歳で没するまでに世に出た賢治の童話物語は少なく、綴った多くの作品は彼が亡くなってから出版され、再評価されました。

岩手県花巻市は宮沢賢治が物語のインスピレーションを感じ、農地改良にその一生を捧げた土地。
その花巻を訪れ、賢治の夢見た理想郷;IHATOVO(イーハトーヴ)を吹き抜ける風の中に幻燈を見ました。

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JRの花巻駅前。
そこには林風舎(りんぷうしゃ)という小さな館があります。 

レンガ造りの館の外観は欧州風で、屋根下の破風窓ではミミズクが微笑んで居ました。

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林風舎のステンドグラスの扉をそっと開き、2階へと続く階段を登ると現れるのは、小さなカフェ。

お客さんが3組も入れば満席となるような小さなカフェですが、此処が宮沢賢治を巡る旅のスタートポイントで、まずはこのカフェでじっくりと賢治の世界に浸ることに・・・。“

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カフェの席に座り、カバンから取り出したのは私のバイブル的な本である童話【銀河鉄道の夜】。
本は背表紙がボロボロで年季を感じさせる佇まい。
ソレは当たり前で、この本は昭和60年に角川文庫から改版39版として発行されたもので、当時中学3年だった私が初めて自分で買った宮沢賢治の本です。

それまでは義務教育用の国語教科書にあった【くちなし】や【アメニモマケズ】、子供用に現代語に訳された児童書くらいでしか賢治の作品を読んでいませんでしたが、ますむらひろし氏による画で映画化されたこの本を境に、宮沢賢治の独特の言葉使いを用いた説明のつかない不思議な世界に迷い込むことになりました。

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で、どうしてこのカフェ林風舎を、賢治旅の旅行記の冒頭にもってきたかって?

それは、林風舎のオーナーが賢治の実弟である宮澤清六氏の孫の女性であり、賢治に縁のカフェとして営業しているから。
弟の静六は賢治の死後、残された数多くの文書を整理し世の中へと送り出した人物で、静六がいなければ賢治の作品は農家の納屋に埋もれたまま、出版されることもなく、消えていたかもしれないとも言われています。

カフェのケーキ・メニューは賢治の作品名に因んでいて、
注文の多いロールケーキ・オリザや英国海岸バウムクーヘンがあり、
飲み物とのケーキセットで1200円くらいでした。

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賢治ファンの私としては、ここでこのケーキをオーダーしないわけはなく、私が選んだのが、【注文の多い料理店】から名付けられたロールケーキで、相棒が頼んだのがイギリス海岸の石畳をイメージしたバームクーヘン。

コーヒーカップには賢治が理想郷;イーハトーヴの象徴として好んだミミズクが描かれていました。


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【銀河鉄道の夜】のお話がきっかけで始まった旅ですので、賢治の郷への第一歩もまた、銀河鉄道からでしょう。

花巻には不思議な場所がいくつかあり、花巻駅から歩いて5分のこの場所もそんな所の一つです。
この絵の描かれている壁は日中はただの白壁ですが、太陽が隠れる頃になると其所に現れるのは惑星から宇宙軌道へと走り出す銀河鉄道の姿。

この壁画は“未来都市銀河 地球鉄道壁画”と呼ばれて、高さ10m、長さ80mの道路脇の壁に夜間しか見ることの出来ない特殊な塗料で描かれています。
特殊な塗料はブラックライトに反応する性質があり、夜にブラックライトでライトアップすることにより壁画を浮かび上がらせているそうです。

(写真:壁画全体図、ライトアップ時間は夜10時まで)

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花巻で宮沢賢治について深く知りたいと思ったときに行くべきなのが、丘の上にある宮沢賢治記念館。
367段の長い階段の先に、宮沢賢治記念館はあります。

記念館の展示は賢治の生涯のテーマであった科学・芸術・宇宙・農業・宗教に深く踏み込んだ内容でした。
特に宇宙分野では、童話:銀河鉄道の夜の手書き原稿(コピー)が多く展示され、第1次稿から第4次稿までの遍歴がわかりました。

賢治の手書きの原稿は読みやすい文字の時もありましたが、時として殴り書きで判別が難しい文字もあり、その時々の賢治の心のあり方が文字に出ていて興味深かったです。

また、最終的に【銀河鉄道の夜】としてまとめられ現在出版されている話が、賢治の長い長い推考の末に選ばれた話であり、物語の最初の出だしの部分である“午后の授業”の章・・・学校の先生がジョバンニや生徒達を前に「ではみなさんは、そのように川だと言われたり、乳の流れた跡だと言われたりしていた このぼんやりとした白いものが本当に何かご承知でしょうか」と問いかけるシーンが第4次稿で初めて付け加えられたことを知りました。

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宮沢賢治記念館内部はカメラ撮影が禁止なので詳しい写真はありませんが、活字となった物語や詩を読むだけでは分からない宮沢賢治とその思想の一端に触れるには最適の場所だとは思います。

ただ、記念館が対象としているのは、あくまでも大人。
小学生よりも小さなお子さんが訪れたとしても、文章展示の多い館内では退屈するかもしれません。


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記念館では季節によって特別展が開催されていて、私が訪れた時は童話の【四又の百合】(会期:2020/7/15~9/13)でした。

賢治は童話作家であり詩人でもありましたが、彼の思考のその底を流れるのは子供の頃から親しんできた宗教の法華経の思想。
そして、賢治の童話には“西域もの”に分類される仏教の話があり、特別展の“四又の百合”も賢治が作り出したハーキャム城がある小さな村が舞台です。

特別展では、【四又の百合】の直筆原稿が展示されていて、コレはなかなかレア!
直筆のコピーの展示は一般的ですが、賢治の本物の手書き原稿が見られる機会なんてそうそうあるものではなく、ちょっと興奮してしまいました。

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記念館のすぐ近くには、童話【注文の多い料理店】に出てくるレストランの山猫軒があります。

山猫軒の扉の脇には“どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません”の文字。

もし、私が賢治の童話【注文の多い料理店】を読んでいなかったら、ついついこの言葉に誘われて山猫軒への扉へと手をかけてしまうかもしれませんが、私は、この扉を開けてレストランの中へと入ってしまったふたりの紳士のコトをもう既に知っています。

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山奥で猟をしていた二人の若い紳士が道に迷った時にふと目の前に現れたのが、WILDCAT HOUSE山猫軒。

何も捕れなかった狩りに心底疲れ果てていた彼らは、山の中で見つけた高級そうなレストランに大喜びし、その扉を開け、店内へと入っていきます。

レストランの廊下には扉がたくさんあり、そこには「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」と書いてあり、二人の紳士は扉をくぐる度に色々なお願いに書いてある通りに、外套や帽子を脱いだり、鉄砲を脇に置いたり、頭に酢の香りがする香水を塗ったりと大忙し。

彼らは美味しい西洋料理を食べられるならば・・・と、レストランが書くそのお願いに沿って行動しますが・・・

山猫軒の最後の扉の先で二人の紳士を待ち受けていたのは、凶暴な山猫たち。

つまり、注文の多い料理店とは、メニューの品数が多いとかオーダー数が多くて大繁盛しているレストラン・・・という意味ではなく、レストランにやって来るお客さん(山猫の餌)に対しての注文が多いという意味。

山猫たちは山でカモ(この場合は人間)を見つけると高級レストランの幻影を見せ、彼らが自主的に西洋料理風の味付けになるように行動させていたのです。

二人の紳士も最後の最後に自分たちは騙されていて、山猫の食事となるべく行動していたと気がつきますが、その時点では、鉄砲も何もかも身を守るものは近くにはない丸腰の状態で、あわや凶暴な山猫たちの餌食となってしまいそうに・・・。
(写真:宮沢賢治童話村にて展示ミニチュア 【注文の多い料理店】より)

だから、私は、山猫軒の扉には手をかけませんでした。

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