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ネコと某は高いところがお好き/ホレズム王国で異文化交流

ウズベキスタンの古都;ヒヴァ。そこは、強い日差しの中に浮かび上がる陽炎の如き町。何処へ行っても笑顔で接してくれる町のひとたちがいました【地獄の門へ-5(ヒヴァ編)】

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ウズベキスタンの古都:ヒヴァがあるのはホレズム地方。
ホレズム地方はヒトの歴史が始まって以来、1年間に300日は雨が降らないエリアで、日干し煉瓦で作られた建築物が何世紀も補修をされながら、今なお生き続けている場所です。

母(74歳)と私にとって2回目となるウズベキスタン。
初めてウズベキスタンを訪れたのは、この旅のちょうど1年前。
中央アジア入門編として、ブハラ、サマルカンドを訪ね、ちょっと背伸びをしてアイダクル湖でキャンプをしました。

そして、1年後の2018年5月には背伸びどころかグンと冒険して、トルクメニスタンの地獄の門とウズベキスタンの古都;ヒヴァへと旅立ちました。

ウズベキスタンの何が私たちを駆り立てたのかって?
そんなことは旅を始める前も、旅を終えて1年以上が経過した今も、分かりません。

強い日差しの中に浮かび上がる陽炎の如き町、
何処へ行っても笑顔で接してくれる町のひとたち

私たちは、シルクロードが紡ぐ幻に呼ばれたのかもしれません。

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☆★ この世の果て〈地獄の門;Darvaza Gas Crater〉へ♪ 旅程 ☆★
□4/29 成田09:25-11:50仁川15:45-19:20タシケント(大韓航空)
□4/30 タシケント06:10-07:50ウルゲンチ(ウズベキスタン航空)
    ウズベキスタン→徒歩で国境越え→トルクメニスタン
    クフナ・ウルゲンチ遺跡→地獄の門へ(テント宿泊)
■5/1  地獄の門→国境越え→ヒヴァ
□5/2 ヒヴァ観光
□5/3 カラ巡り/カラカルパクスタン共和国
    ウルゲンチ21:00-23:45タシケント(ウズベキスタン航空)    
□5/4 タシケント観光 
    タシケント21:20-
□5/5 07:35仁川
    10:00-15:00 ソウル・トランジットツアー
    仁川17:40-20:00成田(大韓航空)

☆★ 2018 トルクメニスタン&ウズベキスタン旅行記☆★
・74歳の挑戦は中央アジアの北朝鮮!? 
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27963/
・人生初のテント泊は地獄の淵で
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27977/
・独裁者政権の国って…?
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28043/
・ヒヴァで両替難民となる
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/28283/
・ホレズム国で異文化交流
 https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/30171/

【姉妹旅行記☆2017ゴールデンウィーク ゆるゆるウズベキスタン旅】
・闇両替も悪徳警備員も、どんと来い♪ http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26626/
・夜行寝台列車はクリスティの世界
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26650/
・古のオアシスに微睡む夢
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/26705/
・アレクサンドロスの追憶
http://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27747/
・砂漠のユルタでキャンプ
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27813/
・生ける王が眠る青い古都
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27843/
・Win-Win詐欺★甘い話には裏がある
https://tabisuke.arukikata.co.jp/album/27869/

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2018年5月2日

ウズベキスタンのヒヴァで迎える初めての朝。
母と私は相変わらず早起きで、太陽が顔を出すと同時に行動開始。
朝の柔らかな日差しの時にしか見ることのできない景色を探しに、あるところへやってきた。

そこは、普通の団体観光客ならばあまり近寄らないだろうが、旅人とか、ネコならば大好きな場所・・・高いところだ。

私たちが朝6時にいたのは、城壁都市ヒヴァを囲む城壁の上だ。

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朝5時。
部屋の窓から射し込む朝日に起こされた私たちは、10分で身支度完了。
まだ、観光客も行商人もいない、ひっそりとした町の中へと歩き出す。
(写真:150年前から建設途中のままの姿のカルタ・ミナル)  

神学校の土台の下にあるお土産屋さんの扉も堅く閉ざされたまま。
昨晩の観光客とお土産屋さんが繰り広げていた喧噪は何処へ行った?という感じだった。

道行く人は、朝早く出勤するヒトか、お散歩をするお爺さんくらい。
そんな彼らは、私たち母娘を見かけるとサラーム(イスラム圏のこんにちは!)と声を掛けてくれるので、私たちも元気にサラームとお返し。

昨年のUZ旅では、そんな挨拶にも慣れない内に帰国してしまったが、2年目となるとその辺は余裕。
現地のお爺さんの仕草をまねて、手を胸に当てて優雅にサラーム!と挨拶できたりもする。

古都;ヒヴァを取り囲む城壁。
その城壁に登れるなんて情報はガイドブックには、書いてはない。
城壁の情報はブログなどから得たのだが、見つけたのは数年前の情報ばかりで最近の情報は見つからなかった。

城壁はヒヴァの町を乗り囲むように東西南北にあるのだが、その全ての壁に登れるわけではなく、登り口の階段が生きているのは北門から東門を護る城壁部分との情報がブログにあった。
だから、西門から城壁伝いに北門方向へと歩き、登り口を探した。

雨がほとんど降らないホレズムの国。
ホレズムとは太陽の国を意味する。

ヒヴァの建物や城壁は日干し煉瓦で作られていて、日中の容赦ない日差しに照らされその壁面は乾燥でボロボロなのだが、泥でその表面を修復しながら何世紀も生きながらえている。

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北門の近くで、登りスロープを発見!

今にも崩れ落ちそうな坂道が現れると思っていただけに、それなりにしっかりした路だった。
城壁の上には人影もあり、私たちのような物好きが他にもいるらしいし、とりあえずこのスロープは上ったくらいでは崩れる心配は無いらしい。

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城壁の上に登ってみて、驚いた。

城の壁というからには、いわゆる板状のウォールを想像していたのだが、城壁の上にはそれなりの広さの平らな空間が広がっていた。

でも、よく考えてみれば当たり前の話。
敵が城壁の外側から攻めてきたら、城壁の穴から銃で狙撃したり大砲台から大砲を撃ち敵を打ち負かすのだから、重機や兵士が大勢乗っても大丈夫な広さが城壁には必要だったのだろう。

城壁の上を東へと歩いていたら、私たちの宿イスラムベック・ヒヴァの建物の前を通過。

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城壁は町の形に添って作られているので、緩いカーブがかかっている。
カーブ部分には円柱型の柱があり、壁に掛かる力を分散していた。

城壁の上にはドーム型の小部屋があり、多分昔は兵士の詰め所だったのではないかと思われる場所なのだが、天井からつり下がるランタンを見つけた。

もしかして、今も有事の際には(トルクメニスタンとの国境の町なので)、城壁の上は兵士の待機場所にでもなるのだろうか。

城壁の上を歩いて10分位で東門の真上へと到着。

城壁の向かいには東門から南門へと続く城壁へと登るスロープが見えるが、実は北門から登ったスロープの降り口は東門側にはなく、城壁から降りるには北門側へと来た道を戻るしかなかった。

城壁の上からは町の様子がよく見えて、面白かったが、此処は暗くなってから登る場所ではない。

その理由は、城壁の上に空いた穴。

城壁の上は整備してはあるが、それなりにでこぼこで、深さ20cm程度の穴がボコボコ空いていた。
明るい時間帯ならば足下もよく見えるが、暗くなってからは危険。
簡単に捻挫級の怪我に繋がるだろうし、城壁の上には転落防止の策はない。

城壁へと登るならば、暗くなる夕方よりも、朝の方がお勧めかな。

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朝7時。
宿に戻ると朝食の準備ができていた。
宿泊したホテル;Islambek Khiva(イスラムベック・ヒヴァ)はツインで1泊52ドルの安宿だったが、寝泊まりする分には何の問題も無いし、朝食だって種類がたっぷり。

高級ホテルのようにゴージャスさは全くないが、宿のスタッフのお兄さんは英語が通じるし、各国からの旅行者に大人気の宿だった。

朝8時半。
この日はヒヴァの古都を1日かけて堪能する日。

ヒヴァは町そのものが世界文化遺産で、2重の城壁に囲まれたイチャン・カラ地域(宿のある地域)は各観光施設を見学するためには入場券が必要となる。
その入場券も施設ごとの販売ではなく、イチャン・カラ共通入場券という形で販売していて、西門にあるチケット売り場で購入しなければならない。

実は前日の夜にもこの西門へと来てチケット売り場というモノを探したのだが、見つからなかった。

この日の朝は、再度のチャレンジなのだが、西門の何処にもチケットブースらしきモノはなく、途方に暮れていた時、写真のおばちゃん(椅子に座っている方)に呼ばれて、Entrance(入場券)?と聞かれた。

「そうそう、Entrance Ticket!」と答えると、おばちゃんは手元の紙に何やら書き込んで、手渡しながらで二人で20万スム(約25US$)と教えてくれた。
チケット売り場と聞いていたので、きちんとした窓口があるのかと思っていたらまさかの露店販売。
イチャン・カラ入場券は1日有効で、リストにある場所に入場でき、各施設1回のみ有効だ。

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入場券を手に入れた私たちは、早速町歩きへ。

朝9時を過ぎるとお土産屋さんもぼちぼち店開き。
古都が動き出した感じだ。

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この日、最初に訪れたのはキョフナ・アルク。
ここは昨日の夜にその城壁の上へ夕景を眺めに来た場所なのだが、まだ建物本体は見ていない。

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キョフナ・アルクは別名;クフナ・アルクと呼ばれている。
ウズベキスタンの言葉でクフナとは古い、アルクとは城を意味し、その昔の王様の居城だったところと言う意味だ。
その見所は青系のタイルが彩るモザイク模様の王の謁見場。

扉に施された細かい細工だって見逃せない。
上を見上げると、天井も豪華絢爛。
クルミ柱が持ち上げる天井は、木を組み合わせた寄せ木細工。

元々は17世紀の建築物だが、ペルシアの侵略により破壊され現在の建物は19世紀初頭に作られたそうだが、それでも200年位前の建物だ。

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そんな建物を見るのも楽しいのだが、ウズベキスタンの古い町を歩いていて楽しいのは、ウズベキスタンの人たちとのふれあい。

日本人は親近感をもたれやすいようで、あっちこっちで一緒に写真撮ろう!の渦に巻き込まれた。

言葉は全く通じないので、身振り手振りで会話。
でも、なんとなく意思疎通ができてしまうのが不思議なところ。

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