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道南歴史探訪~函館・江差・松前モニターツアー~3日目

函館。戊辰戦争最末期の函館戦争の痕跡と、函館の神社を巡ります。

道南歴史探訪~函館・江差・松前モニターツアー~3日目

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道南歴史探訪~函館・江差・松前モニターツアー~3日目

ラビスタ函館ベイ

早朝。13階の露天風呂フロアの休憩スペースからの眺め。函館山が、晴れていればよく見えます。あいにくの雨。相変わらず函館山は見えません。
眼下には赤レンガ倉庫群が見える抜群のロケーション。遠くには立待ち岬も遠望できます。
露天風呂からだと、函館山の反対方向の景色が眺められるので、両側から海が迫っている函館独特の地形がよく見えます。

このフロアー、夜間はアイスバーの提供もあり、湯上りの体を休めるのに最適です。

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ラビスタ函館ベイ

朝食バイキングも大満足のラインナップ。イカ刺しにイクラに・・・・と自前で海鮮丼を作ったり、焼きたてのイカを頬ばったりしていたらすっかり満腹に。
苦しいくらい食べ過ぎて、この後しばらく動けなくなるくらい(笑)。明らかに食べ過ぎです。

しかも、北海道民だったら誰でも知っている(?)噂の乳飲料「かつげん」もありました。薄オレンジ色のちょっととろっとしている感じの液体。飲んでみると・・・
銭湯などにある、フルーツ牛乳のような味です。パイン味?
なかなか美味しいです。癖になるかも。

朝食を終えたら荷造りをして、本日の集合場所へ向かいます。荷物はホテルで預かってもらいました。

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ベイエリア・赤レンガ倉庫群

赤レンガ倉庫群は、ついついセピアモードの写真が撮りたくなる場所がいっぱいあります。時間があったら、人力車に乗って車夫さんにこのあたりの案内をしてもらうのもいいですね。今回は、てくてくボランティアガイドとの街歩きのために元町公園へ向かわなくてはいけないので、海沿いの道を歩いていきます。

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ベイエリア・赤レンガ倉庫群

赤レンガ倉庫群は、金森倉庫群と言われています。明治20年に、函館初の倉庫業を始めた渡辺熊四郎が作らせたものだそうです。明治40年の函館大火で木造の建物全てを失った中、レンガ造りだった書庫が焼け残った(元町公園にあることで旧開拓使書籍庫のこと)ので、レンガの耐久性に魅力を感じたのでしょうか。
倉庫群は、現在はお土産物屋やレストランとして活用されているようです。時間があったらゆっくり見て回りたいですね。

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旧函館区公会堂

明治40年(1907年)8月25日。函館市を襲った大火により、このあたり40万坪が被災しました。その際に、この地にあった町会所も消失したそうです。現在のこの建物は明治43年(1910年)に作られました。
設計から資金提供、建築、中に置かれている家具まで全て、函館の人の手により作られた建物だそうです。ガイドの女性の「函館の宝です」という言葉が印象的でした。函館の当時の豪商・相馬哲平さんの5万円もの寄付(現在の金額に換算すると10億円以上!)のおかげで建てることができたそうです。

ルネサンス・ビザンチン様式風のシンメトリーな建物ですが、日本式のオリジナリティーが散りばめられ、独自の美しさをたたえています。基坂の下の方からもしっかり見えるこのカラーリングも目を惹きます。

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函館(西部・元町地区)の町並み

旧函館区公会堂からハリストス正教会の方へ歩いていく路地の両側には、こんな風に、和風の家と洋風の家が混在して建てられています。こちらは、大正10年の火災の後で立てられた家だそうです。上に反り返った神社風の屋根など、随所に珍しい建築方法が取り入れられています。実はこのお宅、奥にずずっ~と広いのです。隙間から後ろを覗いてみてください。

てくてくボランティアガイドの人と一緒に街を歩くと、普段なら見落としてしまうようなこんな細かなところまで教えてもらえます。

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函館(西部・元町地区)の町並み

元町地区には、美麗な造りの教会が集まっています。屋根に乗った6個のキューポラがかわいい函館ハリストス正教会はロシアの教会、上から見ると十字架の形に見える聖ヨハネ教会はイギリス国教会の教会、風見鶏が尖塔を飾る赤い屋根のゴシック建築の教会はフランスの教会、と各国の教会がその美を競い合うかのように建っています。これらの存在は、箱館が国際都市だったことを示しています。また、ちょうど10時半~の時間には、ミサのための鐘も鳴らされています。なかでも、「ガンガン寺」と愛称をつけられる、6個の鐘を同時に鳴らすハリストス正教会の鐘は圧巻です。土曜の夕方と日曜の午前中限定だそうですから、聞けたらラッキーですね。

チャチャ登りから大三坂を下る道は、とっても趣がありお薦めです。どこをとっても絵になるヨーロッパのような風景が楽しめます。また、石畳にはめ込まれたハート型の石(偶然です)を見つけながら歩くのも、若いカップルにはお薦め♪なんだそうです。

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函館(西部・元町地区)の町並み

大三坂を下り大通りを基坂の方へ少し行くと、また別の教会が現れます。日本基督教団函館教会はアメリカの教会で、プロテスタントの教会のためにシンプルな外観が少し地味に感じられます。気がつかないと通り過ぎてしまいそうです。

実はこの教会、横浜とつながりがあるのです。
「赤い靴」の女の子が、この教会と関係があると言うのです!
赤い靴のモデルになった女の子は、両親が北海道奥地に開拓に行く際に、この教会の司祭に預けられました。母親は、彼女がアメリカに渡って幸せに暮らしていると信じていたのでしょうね。
「赤い靴履いてた女の子、異人さんに連れられて行っちゃった」
実際の彼女が、日本で病死していたことは周知の通り。彼女は箱館の女の子だったのです。今回、彼女の名前が「きみちゃん」というのを初めて知りました。

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函館市旧イギリス領事館(開港記念館)

旧イギリス領事館が、てくてくガイドの終点です。開港記念館としてリニューアルされた館内を見て回ることが出来ます。ホテルや観光案内所においてある「ぐるりんMAPの後ろには、クーポン券がいくつかついていて、それを切り取って持っていくとここではポストカードがいただけます。

戊辰戦争は、日本の内乱ではありましたが、欧米列強も深く関わっていました。はじめ幕府に軍事教練などで協力していたイギリスは、パークス公使が薩長に与することを決めてから新政府軍側となり、箱館戦争の頃には、イギリス・アメリカなどは新政府軍に、フランスが幕府軍に味方するというような構図になっていたようです。パークスが、薩長の志士達に将来性を見たであろういきさつについては、語り始めると止まらないのでやめておきます(笑)。

この旧領事館は、1859年(安政6年)から75年間この場所で領事館として使われていました。リチャード・ユースデン領事の執務室には、双眼鏡で港を眺める領事の像があります。小柄な領事だったそうですが、函館市民にとっても好かれていたそうです。他にも、家族の部屋なども見学できます。歴史紹介をしているフロアには、ペリー提督の像があります。彼の軍服の一番上のボタンがないのは、下田で買い物をした際に商人にあげたとか、役人にあげたとか、そんな話が伝わっているそうです。

1階には、世界大鳥瞰図という、昔の函館の地図を模した絨毯が敷かれています。絨毯なので踏んで歩けます。函館ハイカラスクエアというアイデアものの顔嵌め写真パネルも置かれています。ぜひ顔を嵌めて、自分で自分の写真を撮ってみてくださいね!

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函館市旧イギリス領事館(開港記念館)

ひっそりと壁に貼られているトーマス・ブラキストンの紹介パネルです。津軽海峡における動物・植物の分布境界線、いわゆる「ブラキストンライン」の存在を見つけた人です。イギリス出身の彼は、軍人でもあり、貿易商でもあり、探検家でもあり、博物学者でもあったようで、幕末から明治期にかけて日本に滞在しました。なかでも、「日本鳥類目録」を出版するなど、鳥について特に詳しく調べたようですね。

さて。モニターツアーの団体行動はここで終了です。

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箱館病院跡

旧イギリス領事館の向かいは大型バスの駐車場になっています。2000年まで、ここには市立函館病院があったそうです。ペリー提督来航記念碑もこの片隅にあります。

市立函館病院ですが、その歴史は大変古く、1860年にさかのぼります。箱館奉行所直轄の箱館医学所兼病院として現在の弥生町8番地に作られた病院は、1905年にここに移されたようです。
箱館戦争の際の有名なエピソードがあります。当時院長をしていた高野凌雲という人は、大阪の適塾で医学を学んだ後フランスへ留学,外科術を中心に、西洋の医学というのを、その赤十字精神共々学んできた人です。そういうこともあり、箱館戦争の際には、旧幕府軍の兵士のみならず、新政府軍側の傷病者も等しく治療しました。箱館総攻撃の5月11日に踏み込んできた新政府軍(薩摩藩士)に対して、敵味方も等しく治療するという赤十字精神を毅然と語り撤退させたといいます。言った凌雲も偉いですが、それを受け入れた薩摩藩士も偉いですね。

一方の箱館病院分院(高龍寺)の方では悲劇が起こっています。詳細については写真17の項を参照。

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船魂神社

旧函館区公会堂と教会群の間の日和坂の上に、小さな神社があります。
船魂神社は、1135年に良忍という僧侶によって築かれた観音堂が始まりだとされています。もともとは、船魂明神を祭る観音堂だったのですね。
この明神さま、源義経と関係があります。
源義経は、青森県津軽地方の竜飛岬に程近い場所、三厩(みんまや)というところから蝦夷に渡ったという伝説があるのです。三厩には、義経寺(ぎけいじ)というお寺がありますので、興味のある方は行って見てください。義経一行が潮の流れが速い荒れた津軽海峡を渡るために祈ったのが船魂明神で、無事に蝦夷の地へ導いてくれたのだそうです。
とはいえ、源義経は、1189年奥州平泉の衣川の戦いで破れ持仏堂で自害し、31歳の生涯を閉じたというのが歴史的事実だとされています。義経が蝦夷に渡り、その後モンゴルに渡りチンギス・ハーンになったという伝説はロマンがあって面白いんですけどね。

現在の船魂神社には、オオワタツミノカミが祭られています。この神様は、おおわたつみ=大海神と書くように、海や航海の神様です。函館にはふさわしい神社ですね。オオワタツミノカミは、別名を住吉三神とも言い、イザナギノミコトが黄泉の国から還ってきた後、川で禊をした際に生まれた3人の神様のことを指します。
大阪の住吉大社でお祭りしている神様と同じです。
このほか、シオツチオジノカミも祭られていますし、スサノオノミコトなどいくつかの境内社もあります。

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3日分公開しました。随時更新し、マイナーチェンジ中です。

■リンク先URL:1日目・2日目と続けてご覧になってくださる方は、下記のリンク先から飛んでくださいね。

★道南歴史探訪~函館・江差・松前モニターツアー~1日目(江差・上ノ国・松前編)
http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/26450/

★道南歴史探訪~函館・江差・松前モニターツアー~2日目(松前・福島・函館編)
http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/26591/


■また、函館コンベンション協会のホームページにもブログを掲載します!ご興味のある方はそちらにもお立ち寄り下さい。→公開しましたが、随時アップ継続中です。
http://www.hakodate-kankou.com/blog/?author=19

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